怖かった女の生霊
高畠町北目でのこと、明治初年と聞いたが、ある年の夏大旱魃(かんばつ)の時であった。この辺は高台であって旱魃の時は、灌漑用水に苦しまなければならなかった。連日に亘って水引をして居った。某さんのところでも昼夜水引をして居ったが、ある晩、草刈鎌を手にして、田から堰堀へと一廻りして自宅近くに帰ったのは遅かった。ふと彼は、行手の田の畔の地上三尺位の高さに、にぎり飯大の火玉が宙に浮いているのを見た。鳥か獣かと不思議に思い捕まえてやろうと近づいたが、二、三間先方へ転々と移って行き、或いは浮動して容易に得ることはできなかった。某さんは草刈釜を持っていたのに気がついて、鎌で切ってくれようと躍起になったが、それも駄目で、へとへとに疲れてしまいました。ばかばかしいとつぶやきながら、火玉のなぞを残したまま家の門口についた。ふと、後ろを振り向いてみると、火玉が追ってきたように見えたが、隣家の流し場の口から、スーと入ってしまいました。隣家の婆さんのつぶやく声が聞こえてきました。
「隣の某はひどい奴だ。俺が長い間床にあったから久しぶりで遊んで来ようと、喜んで出て行ったら、人を追っかけ、事もあろうに草刈鎌で突き刺そうとした。怖しい奴!」
これを聞いた某さんは冷水を総身にかけられたようで、やにわに床へもぐり布団を頭からかぶってしまいました。二三日過ぎると、某の婆さんは、亡くなってしまったのです。